沖縄への家族旅行

 還暦を迎えた妻のお祝い旅行に、娘たちが招待してくれることになりました。
 目的地は本人の希望で沖縄に。

 写真は広大な嘉手納基地。3700m規模の滑走路が二本。右側にある海に向かって伸びています。
 ちなみに、那覇空港は3000mが1本で、つい先日も自衛隊ヘリが離陸する旅客機の前を横切り、その後ろからも別の機が着陸してあわやという、過密状況です。
安保の見える丘convert_20150622152741
 左端の道路わきからの階段を上ると「安保の見える丘」と呼ばれる高台です。
 今は道の駅の屋上から広大な基地を見渡すことができます。

 辺野古の新基地建設反対の座り込みテントを訪問した後、東村高江へ。
 大阪から流れ着いたという青年に一時間近く説明してもらいました。
 写真の電線のすぐ上をオスプレイが通過し、乗員たちの表情まで見えるそうです。
高江ィ_convert_20150622152948
 ここも、7月から24時間体制の監視活動になるそうです。
 不屈のたたかいに頭がさがります。

 辺野古のテント村でもらったチラシに、その日の夜、翁長知事を先頭とする沖縄県の訪米団の活動についての、名護市主催の報告会が開かれることがわかり、行ってみました。

 稲嶺市長と渡久地県議(訪問団々長)が報告し、会場からの質問に答えました。
 今回の訪米のこれまでの訪米との最大の違いは、辺野古に基地はつくらせないことを、要請や陳情ではなく、主張するために行ったことだそうです。
訪米報告会convert_20150622153504
 会談の際にはスライドにあるような海上保安庁の暴挙も含め、セルラースタジアムでの35000人の集会の写真なども見せ、説明したそうです。

 翌日は那覇市の不屈館へ。
 瀬長亀次郎さんの生涯と、沖縄の現在のたたかいが豊富な資料で、展示されています。
不屈館_convert_20150622153645
 今、翁長知事や稲嶺市長をはじめ、オール沖縄のみなさんは、瀬長さんのように闘おうと思っているにちがいありません。
 沖縄の過去と現在につながる不屈の魂が伝わってきました。

 そして、最後は若者たちのパレード。
 中高年としては、最後尾をご一緒させていただきました。
沖縄青年_convert_20150622153820
 県庁前ひろばを出発し、ゆいレール沿いに歩いて国際通りを戻ってくるコース。
 高校生や大学生の若者たちが、マイクを握ってスピーチ。
 戦後70年。沖縄と日本の今にたいしてまっすぐと見つめ、沖縄戦を学び、これから歴史に主体的にかかわろうとする思いをストレートにぶつけていました。

 瀬長さんの不屈の魂のバトンが確実に引き継がれようとしていることを実感しました。

 70年前、妻の叔父は知覧から沖縄にむけて出撃し、帰りませんでした。19歳でした。
 その叔父への鎮魂の思いもあり選んだ沖縄の地でした。

 得難い体験をすることができました。

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プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、17年は43,138票(得票率19.59%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫1匹と暮らす。

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