原水禁2011年世界大会・長崎に参加して

 今年の原水爆禁止世界大会で「非核平和のアジアを-連帯と交流」の分科会に参加しました。
 私は、昨年の核不拡散条約(NPT)再検討会議でニューヨークで街頭署名を行いました。肌の色も階層も越えて多くの人が署名に協力してくれましたが、唯一アジア人だけはまったく冷たい態度でした。アジアのなかの日本の位置を、ニューヨークであらためて思い知らされたと思いました。
 今、アジアには原発が、韓国に20機、中国は11機、インドにも18機存在します。導入を計画する国も少なくありません。福島第一原発の事故であきらになったように、ひとたび近隣諸国で過酷事故があれば、黄砂にのって、あるいは冬の日本海の北風にのって日本が汚染されるのは明らかです。世界の人々と手をとりあって被爆と被曝の危険を取り除くために、日本に何が必要なのか。


 分科会では、日本、韓国、中国、アメリカの代表がパネリストをつとめ、会場からネパールやイギリスの代表も発言していました。
 参加者からの質問は、「中国の草の根の運動とは?草の根の交流は可能?」「中国は『先制核攻撃しない』『原発は安全性を最優先』の政府の態度を国民は概ね支持しているというが、核攻撃されたら核で反撃するのか。原発への態度は安全神話そのものでは?」など、中国の代表への質問が目立ちました。
 あえて言えば「核の先制不使用」を表明し、「核兵器禁止条約の交渉開始」に賛成している核保有国の中で唯一の政府です。中国からもっと大勢の草の根の代表を世界大会に送ってもらい、交流ができればと感じました。

 会場の青年から、「若者の間でも韓流ドラマやアイドルグループが人気を呼んでいる。こうした状況がもっと広がれば戦争しようなんて思わないのでは」との発言もありました。
 しかし両国の青年たちが本音の付き合いをすれば、日本青年は必ず、自国の加害の歴史や政府の態度にあまりに無知で無関心であったことを恥じざるを得ない状況に置かれています(バイオリニストの諏訪内晶子さんもかってジュリアード音楽院で経験したことを自著で述べていました)。根本にあるのは侵略戦争美化の教科書さえ認定する文科省に象徴されるような、日本政府の態度です。
 しかもそのうえ、戦後日本はアメリカとの同盟を優先して、軍備増強を続けてきました。
 「9条の会」が発展していることが、どれほどアジアにおける日本の名誉を守っていることでしょうか。

 熊本の被爆者が自らの経験と決意を発言されました。
 アメリカで被爆証言をした時、必ず「ではパールハーバーはどう思うのか?」と聞かれ「本当に申し訳なかった」とお詫びしたそうです。そして三回目からは、最初にお詫びを述べるようにし、その上で被爆の実相を語り、核兵器の禁止を呼びかけたそうです。すると多くの人から握手を求められるようになり、ハグさえされたそうです。そして「これからはアジアで語ろう。率直にお詫びしよう。そうすればアメリカで起きたことが、アジアで起きないはずはない」と述べました。
 会場からは大きな共感の拍手がおきました。

 わたしたち自身がアジアの国民と草の根の交流をひろげること。その際、加害の歴史への態度を明らかにすることが、非核のアジアをつくるための連帯に不可欠です。
 そしてなにより「アメリカいいなり」から脱し、アジアに対して真摯な態度で向き合う政府をつくることこそ、現代を生きる日本国民のがんばりどころだと思います。

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プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、14年は39,724票(得票率18.8%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫2匹と暮らす。

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