葛飾でも被災者受け入れ

 葛飾区は、日光林間学校と区内の水元学び交流館でそれぞれ300名と150名の定員で被災者を受け入れています.期限は4月17日まで。
 日光林間学校は、小中学生たちが宿泊学習し空いている時は区民にも開放されている施設ですので、設備もととのっていてプライバシーもかなり保てます。
 水元学び交流館は畳の広間があり、隣接している清掃工場を熱源にお風呂があるのが安心です。今、福島原発の危機で自主避難した方が50名前後、利用されています。

 当初は着の身着のままで、食糧もない状況でしたが、地元の町会のみなさんがすぐに熱心に炊き出しをしてくれたそうです。
 私たちも必要な物資をホワイトボードに書き出してもらい、それを「しんぶん赤旗」に折り込みビラをつくってお知らせして協力を呼びかけ、寄せられたお米や生活用品などを避難所に届けました。中江区議は近くの主な施設やお店、公園、それにバス停の時刻表までのせた避難所周辺の地図をつくり、持っていきました。

 地元の党支部の人も避難所を定期的に訪問して、情報交換し要望を聞いています。
 
 被災者のみなさんが、すこしでも不自由さを軽減してもらえるようにと、多くの人が協力してくれていますし、行政とも連携しています。

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Re: 日光林間学園

ありがとうございます。
返事が送れてすみません。
林間学校は、葛飾の子どもたちにとって思い出の1ページになる、大切な施設です。
距離も手ごろですし、名所も自然も豊富ですから、
これからもたくさんの人に活用してもらいたいと思います。

> はじめまして。
>
> 一昨日、日光林間学園に泊まってきました。
> いい施設ですね。
> 初日の日光は観光客が少なかったですが、
> 30日は増えて、お店の人も喜んでいました。
> でも、帰りの特急は出発30分くらいまで
> 空席が残っていて、いつもより空いているのかな
> と思いました。

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プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、14年は39,724票(得票率18.8%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫2匹と暮らす。

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