野口弘次区長予定候補が記者会見

 アベノミクスのかけ声に反して、国民の所得は増えず、そのうえ消費税増税や社会保障負担増でくらしは大変です。
 こうした時に、区民にもっとも身近な行政としてくらしを守るべき葛飾区が、こともあろうに区役所の建て替えに、区民の税金を400億円もつぎ込む計画をスタートさせようとしています。

 なにせ、耐震補強工事も済み、区が行ったコンクリート強度調査でもわずかな補修で少なく見積もっても今後30年程度は大丈夫と診断。しかも築わずか35年の新館(こっちのほうが本館より床面積が大きい)もふくめて全部壊す。そのうえ、住民の合意のできていない立石再開発で、開発をごりおしするため超高層ビルの保留床を購入して区役所を入れようとし、そのため、同じく一部建替えしている板橋区の庁舎より8割も面積あたりの単価が高い。そもそも、新館より古い小中学校は70校もある…。

 順番が違うというか、やるべきことはほかにあるでしょうと言うか…。再開発ごり押しにいたっては、住民合意を丁寧にすすめるべきなのに、一方の側に立つとは…。

 幾重にもムダ使いの、おそるべき暴走政治です。
 今、この問題を知らせるパンフを区内の全戸に配布し、ポスターもいっせいに貼り出しが始まりました。

 そしてこの11月たたかわれる葛飾区長・区議会議員選挙では、この政治を転換しようと「住みよい葛飾をつくるみんなの会」(「革新区政をつくるみんなの会」から改称)が、20日、記者会見をひらき、前葛飾区労連議長の野口弘次さんを区長選に擁立すると発表しました。
 いよいよ全面対決です!
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 記者会見の前日、「住みよい葛飾をつくるみんなの会」の総会が開催され、野口さんに期待する発言がつづきました。

 40年間にわたって区内の小学校で教鞭をとってきた野口さん。
 
 特別支援学級の担任をしていた時、当時の校長が「野口さんは、生徒がこぼしたパンを拾って食べることができる先生だ」と評していたことが紹介されました。当時、その言葉を聞いた方も「(感動して)身震いした」と述べていました。

 区労連議長としての野口さんはよく存じ上げていましたが、教育実践家としての野口さんはほとんど知りませんでした。こういう人こそ区長にしたい!

 国政・区政とともに、野口さんの人柄もおおいに語りひろげ、区政の転換をはかりたいと思います。

「歴史に学ぶ」と言うこと

 ミュンヘン大学の正門前の石畳には、白バラのメンバーとその活動が、彼らの配ったビラに模して埋め込まれています。
白バラタイル_convert_20130917165156
 正門を入るとロビーがあり、彼らがビラをまいて大学の警備員につかまったバルコニーがそのまま。
 多くの学生が、くつろいでいました。

 正面(写真では左側)の壁の裏側、半地下状の部屋が「ホワイトローズミュージアム」となっています。
 日本の著書も四冊、展示されていました。
バルコニー_convert_20130917165729
 正面の壁の右下に、ゾフィー・ショルの像が銘板とともに掲げられています。
ゾフィー_convert_20130917165445
 彼らが命がけの抵抗をした目的はなにか…。

 それを同じミュンヘンの近郊の、ダッハウ強制収容所が伝えています。
ダッハウオブジェ_convert_20130917170059
 オブジェが示しているものが、大げさでもなんでもないことを、焼却炉の前に積み上げられた死体の写真が証明しています。
ダッハウ写真_convert_20130917170244
 ミュンヘン大学では、私たちは通用門から入ってしまい、ウロウロ。通りがかりの女性に尋ねると、構内を歩きまわって正門まで案内してくれました。

 広大なダッハウ強制収容所には、平日にもかかわずたくさんの見学者が訪れていました。さまざまな人種が訪れ、若い人も多く、すれ違った女の子にうちのカミさんが話しかけると、「14歳」ということでした。日本人も何人かとあいました。

 ウィーンでは、レジスタンス資料館をさがしたのですが、「近くにあるはずだ」と本屋さんのおばさんに聞いても、犬と散歩している人に尋ねてもわかりませんでした。(後日調べると、実際には資料館の前を通っていたことがわかりました。)
 この国の多くの国民がナチスを支持した歴史と正面から向き合ううえでの、今日まで続く複雑さの反映かもしれません。日本の戦後の歴史と考えあわせてしまいます。

 語学力のない夫婦が、航空会社に勤める娘の勧めで大胆にもドイツ語圏への個人旅行に挑み、片言の英語とあとは身振りとメモ(これは役立ちます)だけで、鉄道やバスの切符の購入や食事の注文をはじめ、何から何まで大変な思いをしました。
 しかしそれはそれで必然的に会話が求められ、パック旅行にはない、得難い経験と楽しい出会いが数多くありました。
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、17年は43,138票(得票率19.59%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫1匹と暮らす。

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