7か月ぶりの、救援・復興ボランティアへ

 私自身は11度目となる石巻。

 震災直後、門脇小学校近くの墓地は、墓石がヘドロに埋まりなぎ倒されていました。
 一年半前、炎天下で気の遠くなるようなドロ出し作業が、数カ月に渡って続けられました。
 そして今、墓石は林立し見事に再生していました。

 しかし…。

 日和山公園の柵には、かってここから見えた景色がパネルになっていました。
 あれから二年近くが経過するというのに、いまでも下の写真のような風景です。
 門脇地域で、復興したのは、大勢のボランティアが頑張った墓地だけとは…。


 大勢の子どもたちが犠牲になった、大川小学校です。

 「なぜ、うらの山に避難しなかったのか」の声が出されたそうです。
 コンクリートの壁の絵画が残る向こう側には、「低学年でも5分で安全な場所に登れる」と報道された山の斜面が見えます。 

 気仙沼市には、津波で打ちあげられた330トンの巻き網漁船「第十八共徳丸」の巨体が、そのままになっています。

 石巻市で現在も仮設住宅で避難生活をしている方は、七千世帯を超えます。
 しかし、供給のめどがたっている復興住宅は、民間からの借り上げをいれても一千戸程度。

 いったい、いつまで仮設で暮らさせるつもりなのか?!

 これかも、ねばり強く支援をつづけたいと思います。

救援・復興ボランティア、募集!

 あけましておめでとうございます。

 震災から1年10か月が経過しましたが、石巻市だけでも、仮設やみなし仮設、自宅非難など、非難生活を強いられている方が4万4000人もいます。

 今年も、引き続きボランティアにとりくみます。

 葛飾地区委員会としては第16次となる今回の日程は、1月22日(火)~24日(木)まで。
 参加費は、宿泊代と食事代。(概ね1万円くらい)

 交通費とボランティア保険は、救援募金会計から充てます。

 現地での活動は、仮設住宅を訪問し、支援物資を手渡しながら、要望を聞き取ることが中心になると思います。

 ぜひ、ご参加下さい。
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、14年は39,724票(得票率18.8%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫2匹と暮らす。

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