第11次ボランティア

 私自身は10回目となる石巻。
 日和山公園の桜は5から7分咲き。家族連れの憩いの場所としての姿を取り戻していました。 
日和山P2012_0424_141631
 昨年、炎天下でドロ出しした、門脇小近くの墓地はすっかり墓石が建っていました。
門脇小P2012_0424_143136
 しかし、市立石巻病院は被災時のまま…。
石巻市立病院P2012_0424_144336
 牡鹿半島の小渕浜のワカメ業者の収穫のお手伝い。
 更地になってしまった漁港の、かさ上げされら一部で、たくさんの地域の女性や青年が仕事をしていて活気がありました。こうした姿が定着してこそ、本当の復興だとおもいます。

 おりかさ区議も屈強な若者たちにまけずに、わかめの袋詰めとパレットへの積み上げ作業。一袋50キロくらいの重さです。
浜の折笠さんP2012_0425_102329
 若者が去り、子供たちの姿の見えない小さな浜が、将来の展望を描くのは容易ではありません。
 政策的な、豊かできめ細かい支援が求められています。

 先日、宣伝カーで環七を走って信号で停車したら、後ろのトラックから若い運転手が下りてきて、「石巻でお世話になっています」と缶コーヒーを二本差し入れてくれました。つかの間の出会いでした。

妙義山ハイキング

 風もない穏やかで暖かな天気に恵まれ、春山ハイキング。
 浅間山は、まだ雪帽子をかぶっています。
 西上州の山並みの向こうには八ヶ岳やアルプスも。

 稜線は一歩たりとも気を抜けなくことができないアップダウンがつづきます。
 しっかりセルフビレイをとりながらのハイキングです。

 帰りの中間道にはカタクリが群生していました。

大増税NO!で、5000人

 4・12消費税大増税ストップ国民集会に参加しました。
 全国から会場あふれる参加で怒りの熱気。

 子育て中のお母さんや若者、農民、中小業者など様々な立場の人がリレートークしました。

 呼びかけ人でジャーナリストの斉藤貴男さんや、主催団体の大黒全労連議長らの決意表明。そして本会議開会を前に、共産党から志位委員長らも参加しあいさつしました。

 あらためて、消費税のゆるしがたい実態と本質が、なまなましく明らかにされ、参加者のたたかうエネルギーが充填されます。

 国会請願デモ・パレード。
 日比谷から国会までデモがつながってしまったそうです。

 昨夜の荒れ模様とはうって変わって、大変あたたかい日となり、シュプレヒコールのこぶしにも汗がにじみました。

堀切・小菅ジャンクションの安全対策

 三年半前にも改善を申し入れた首都高速、堀切・小菅ジャンクションの安全対策について、あらためて国土交通省や首都高速道路株式会社と、衆院会館の笠井亮衆院議員の部屋で話し合いました。笠井議員、宮本徹比例候補、和泉なおみ都議予定候補、中村しんご・折笠明実両区議も同席しました。

 当時、小菅ジャンクションの内回りでタンクローリー横転の死亡事故が発生した直後で、私たちとの話し合いの後、事故があった合流部分の手前の地点に、合流を警告する大看板が設置されました。
 しかし、その後も年間の事故件数は内回りで30件前後で減っていないそうです。

(正確な、年度別などの事故件数の資料を、後日笠井事務所を通じて、いただけるとのことでした。昨年は震災の影響もあり、多少減少していたようですが…)


 今後5年がかりで、130億円をかけて、内回りの堀切ジャンクションと小菅ジャンクションの現在の3車線区間を、4車線に拡幅するとのことでした。
 …改善が見れるといいのですが。

 私自身が問題だと感じるのは、外回りの危険性です。
 前回の話し合いの時点では年間の事故数は80件でしたが、ここ数年は100件に上ることもあるそうです。
 現地を走ってみると、たしかに細かい改善は行われているのはわかるのですが、十分な効果は上がっていないということになります。
 「環境対策としても、渋滞を減らしスムースな走行を確保することが重要」とのこと。
 それだけに、内外合わせて130件もの事故を減らすことが不可欠です。

 それにしても、わずか1キロの間に2車線どうしの合流と分岐、それに加えて2ヵ所の出入り口が集中しています。大量の車がそれぞれの目的地にむかって進路変更を繰り返す…。首都高には、構造上無理があるといわなければなりません。ここだけではなく、霞ヶ関から乗って新宿方面に行くのは「初めての人には無理では」と首都高の方も認めていました。
 最近完成した、中央環状線と3号線との大橋ジャンクションも、トンネルの中を2周半もするので、初めて走るときは要注意です。

 堀切・小菅ジャンクションの外回りの事故の軽減のためには、まだまだ大きな改善が必要です。

 
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、14年は39,724票(得票率18.8%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫2匹と暮らす。

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