子どもと区民を放射能から守る葛飾連絡会が対区交渉

 昨日、党都議団が発表した区内の都立水元公園の放射能の土壌汚染がショッキングでした。場所によっては23,300Bq/kgと、国の基準の3倍近い。

 連絡会が先日提出した要望書にもとづき、改めて対策を強めるよう求める対区交渉に、約40名が参加しました。

 交渉終了後の記者会見で、フジテレビ、NHK、朝日新聞などが取材していました。

 それにしても、3月12日の福島第一原発1号機の爆発以後、枝野官房長官(当時)が「原子炉の圧力容器と格納容器の健全性は保たれており、現在測定されている放射線はただちに健康に影響はありません」との主旨の言葉を繰り返しました。
 しかし、実際にはその時すでに炉心溶融で燃料棒は圧力容器を突き破り、大量の放射性物質が環境に放出されていました。
 …その時どれだけ放射性ヨウ素を子どもたちが吸い込んでしまったのか。

 対策強化を求める世論をもっと広げましょう。

 3月6日の水元公園の測定行動にもぜひ、ご参加下さい。

衝動買い

 渋谷公会堂で、党と後援会の決起集会が開催されました。
 たいへん学ぶことの多い会議でした。

 …集合時間よりも15分ほど早く渋谷駅に到着してしまい、20年ぶり?にセンター街を歩きました。
 センター街を抜けて、東急ハンズの角を曲がろうとしたら、1階の自転車屋さんが目にとまりました。ちょっとひやかしのつもりで入ったのですが、一回りして出ようとしたとき、黒塗りの短いハンドルに目が吸い寄せられ、おもわず購入してしまいました。2800円也の衝動買い。

 さっそく今朝、取り替えてみました。

 冷え込む今の季節は、グリップも固まっていて抜くのが大変。

 両側が5センチづつ短くなり肩幅よりもすこし狭い感じ。
 車のわきを抜ける際、ミラーを気にしないですみそうです。

原発ゼロへ!

 高浜原発3号機が、定期検査のため今日中に停止となり、稼働しているのは東京電力柏崎刈羽6号機と北海道電力泊3号機だけになります。
 あの計画停電とはなんだったのでしょうか?

 3・11が間近にし、さまざまな行動が計画されています。

 1月に設立された「区民と子どもを放射能から守る葛飾連絡会」の対区交渉が、明後日22日、午後1時30分から行われます。
 きめ細かな測定や、食品の放射線測定器の導入などを要請します。1時に区役所ロビー集合です。交渉後、近くのウイメンズパルで記者会見を開きます。

 3月4日(日)は、呼びかけ人による「原発いらない!葛飾アクションin亀有」が午後1時から亀有駅南口でおこなわれます。宣伝などの後、パレードをにぎやかに行う予定です。

 3月6日(火)の午後、連絡会が、水元公園の放射線測定会を行います。東京都は広い公園内を、たった12か所測っただけ。

 3月11日(日)は、原発なくす全国連絡会主催の「震災復興・なくせ原発 3・11行動in東京」が井の頭公園で行われます。午前11時から文化行事、1時半からメイン集会、3時からパレードの予定です。

 原発なくせと、みんなで声をそろえてあげましょう。


 母親連絡会の大会での放射線問題学習会が、葛飾の連絡会の後援を受け開催されました。

 日本科学者会議の池上幸江さんのわかりやすく、くわしい講演でした。

船中八策?

 戦後の日本政治の二つの歪み=アメリカいいなり、大企業中心を改革する意思も力もなかった…。
 民主党政権が、国民の期待にこたえることができず自民党政治を復活させた要因です。

 今、テレビニュースではさかんに「維新の会」を持ち上げ、橋下市長らは自らのプランを「船中八策」などと称しているようです。


 坂本竜馬は、封建体制を終わらせ、憲法制定や議会政治の実現をもとめました。まさに歴史の矛盾、時代の制約の根源に勇敢に挑戦しました。
 今、その志を受け継ぐならば、悪政の二つの歪みをただす以外ありません。

 ところが、橋下版「船中八策」でならぶのは「職員基本条例」「参議院廃止」「首相公選制」。
 …どれもこれも、小さい小さいぜよ!

 その上、消費税増税、TPP導入、日米同盟堅持…。
 時代の制約に挑戦するどころか、自民党政治の推進でしかありません。


 党名をどうつけるかはもちろん自由です。しかし他の党と同じく、「維新」も名前負けではないでしょうか?

中島辰猪没後80年

 戦前、青戸無産者診療所長として、地域の農民らに「医療は国民のもの」と献身的に診療を行い、わずか29歳で命を失った医師・中島辰猪の法要が、命日を翌々日にした10日、お墓のある青戸の法問寺で営まれました。

 この墓碑は、1965年に葛飾の国民救援会の人たちが建立したものです。
 私の家のすぐ近所の理昌院には、中島よりも3歳年下で、やはり29歳で無くなった不屈の共産党員・古川苞の墓がありますが、古川の父親が青戸無産診療所の開設に尽力したのだそうです。
 絶対主義的天皇制の暗黒政治のもとで、若い二人が励ましあい、力をあわせていたことでしょう。

 昭和三陸津波の際には、この青戸診療所が手狭になったため移転した亀有無産診療所の渡辺宗治医師が、岩手県で救援活動を行い、活動開始後すぐに検束されたのだそうです。

 東日本大震災で、被災地のたくさん共産党震災・救援センターがつくられ、大勢の共産党員がボランティアとして活動しています。
 私たちのこうした活動の源流となる、戦前のたたかいのゆかり人たちを、これからも顕章していきたいと思います。

 中島辰猪没後80年の記念集会が、16日、亀有地区センター・ホール(駅前リリオビルの7F)で開催されます。
 ぜひ、お出かけ下さい。


 先日、江戸川区東小岩の日本共産党後援会・こぶしの会の新年会が開かれ、獅子舞が披露されました。

 踊っているのは、小俣のり子区議会議員です。
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、17年は43,138票(得票率19.59%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫1匹と暮らす。

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