10・23全国青年大集会めざして

 全国青年大集会は、2003年から毎年明治公園で開催されてきました。
 当時、「人間はモノじゃない」のスローガンの下開かれる集会にむけて、JR新小岩駅でネットカフェ難民の調査を行い、私も泊まってみました。

 今年の集会にむけて、都内で学習交流集会が開かれ参加しました。
 (会場内はもちろん圧倒的に20代の男女。私の世代は数%でした)

 就活シンポにとりくんでいる学生や、毎月街頭労働相談を続けている青年、組合を結成して解雇を取り消した青年労働者や被災地へのボランティアの経験など、さまざまな取り組みが交流されました。
 参加できなかった葛飾の青年たちに伝え、成功に向けて力をあわせたいと思います。 

 さて、今日は区内の都立水元公園方面に放射能測定に行きました。

 公園入口や「松浦の鐘」、中央広場などを計測しましたが、0.27から高いところで0.40μSv/h。
 看板の下など、放射性物質が集まりやすいところは0.71もありました。
 少しでも早く、可能なかぎり抜本的な手立てをとることが求められます。

 さわやかな秋晴れのもと、公園の中にはたくさんの家族連れ休日を過ごしにやってきています。
 大勢の子どもたちが、楽しそうに駆けまわっているのですが…。
 原発の再稼働を主張する人達は、この光景をどう思うのでしょうか。

 先日、ある大学教授がラジオで「電力会社から見れば、今除染に莫大な資金を投入するより、将来発病してから賠償を求めて裁判をしてもらったほうがはるかにコストが低いと見ているのではないか」と言っていました。
 水俣病でもイタイイタイ病でもその他の公害や薬害でも、責任が確定し被害者への補償が始まるまでどれほどの命が消えていったでしょうか。「我なき後に洪水よ来たれ」でやりすごそうとする政治を、許すわけにはいきません。

 葛飾区議会では日本共産党の中江秀夫議員が、本会議の一般質問で測定と除染を求めました。
 区長は「小中学校、保育園、幼稚園の施設長を対象に、放射線の健康影響についての基礎的な説明を保健所の医師が行い…首都大学東京より放射線学の教授を講師として招き…講習会を実施した」そうです。
 その内容が、どう子どもたちに伝わっているのでしょうか。

 また、除染については「日常的な施設の維持管理の中で…きめ細かな清掃作業を実施して対応」し、測定については、「区民のみなさまの要望など勘案した上で、実施の検討」をするそうです。
 もっともっと世論と運動を強めなければ。 

 10月1日には、渡辺キヨ子区議がテクノプラザかつしかで学習会をひらきます。
 私は同日、立石地区センターで「生活と健康を守る会」の学習会で、お話をする予定です。
全国青年大集会ブログ
 

原発ゼロへ新たな一歩

 明治公園での「さようなら原発集会」
 「タハリール広場」には及びませんが、ここの会場があふれる集会というのは、なんだか数十年ぶりです。会場内は立錐の余地もなかったそうです。

 …もっとも私たちは、最初から明治公園の外の東京体育館前が集合場所として指定されていました。
 「原発ゼロ」の一点での共同行動だからです。
 12時に「葛飾」の旗を立て、デモが始まったのは2時半頃。私たちの出発が4時すぎ。デモが終わったのは6時近くになっていました。
 会場で出会った長女が「デモするだけのために、舞台の様子も聞こえない中で何時間も待つのだから、みんな健気だよね」と言っていました。

 それにしても、NHKは午後7時のニュースではいっさい報道せず、9時のニュースでわずかにふれただけ。
 本来なら「原発ゼロ」で、これほどの人が行動していることを詳しく報道し、参加者の声などもひろうべきではないでしょうか。

 ニュースウォッチ9風に言えば「そのニュースを選択しているのは誰だ!」

放射線測定などで、先生や女性団体が区長に申し入れ

 都教組葛飾支部、新婦人葛飾支部、葛飾区労連の三団体が、15日(木)に放射線の測定などで、区長に要請を行ったそうです。15分の短時間ですが、区長本人が応対したそうです。

 要請の内容は、1つは、葛飾区の保有する測定器は少ないので、保有する市民の協力をえて細かく測定し、その結果を発表すること。そのために測定方法の講習会を行うこと。
 もう1つは、放射線の高いところは除染すること。除染が間に合わないなら、高いので近づかないよう表示すること。だそうです。
 後日、文書で回答するとのことだったそうです。

 葛飾区内では、放射線管理区域の基準に匹敵する、高い放射線があちこちで測定されています。
 区の砂場の砂の入れかえ基準にしている「0.25μSv/h以上」となると、たとえば、私が測定した限りでは、青戸や立石、奥戸などの中川の録道の植え込みは、ほとんど基準を上回ります。
 ここは、東京都の江東治水事務所の管理だと思いますが、毎日大勢が散歩している場所だけに、除染か少なくとも「表示」が必要です。
 奥戸グランドの中川土手も、子ども連れの家族がタープを張ってパーティをするような憩いの場所です。…そこも基準を超えています。

 高砂橋から上流の土手は、国土交通省の管理ですが、ここの土手の草むらは、0・3μSV/hをこえるところばかりです。高砂6丁目の新宿公園の滑り台下は0.41μSv/h。京成線のガード下などは青戸側、高砂側とも0・6μSv/hをうわまっていました。
 どこも、子どもたちの遊ぶ姿が見られる場所です。

 …恐るべき現実です。

 葛飾区は独自のサーベイメイターは保有していなくて、二台注文したのがまだ納品されない状況なのだそうです。都から借り受けている2台と区内の中央医療技術専門学校から適時借り受けている3台の合計5台のみ。
 (しかし、区内の学校で保有していないか、確認しているのでしょうか?)

 本気で子どもの命と健康を守る気持ちがあるのなら、「要請」で言われているとおり、区民からの測定情報も含めて知らせることが必要です。
 そして、除染する。それが間に合わないなら、せめて、たとえば区内共通の小さな標識(赤いシールなど)をつくるなどして、線量を表示し、子どもたちには近づかせない。

 区内いたるところ赤いシールだらけになってしまうかも知れません。
 しかし、それが3・11後のこの国の現実です。

 現実を直視してこそ、対策が明らかになります。
 イタイイタイ病では、富山県などでカドミウムの大規模な除染が行われました。
 今度はそれ以上にやっかいなことは間違いありません。
 しかし、やるしかない。
 今度の国会の代表質問で志位委員長は、政府が「除染センター」を設置して責任をもってすすめることを求めました。
 東京都も、水元公園をはじめ、都営住宅や管理する河川敷などの対策をとるべきです。

 それにしても、人類は放射能を除去する技術はもっていません。
 除染した後の汚染物質をどう処理するのか。「焼却灰」の処理も問題になっていますが、根本的な解決技術はない。
 それにもかかわらず、無謀にも原発を促進したうえ、わずかなコストを惜しんで対策をとらなかった電力会社。安全神話をふりまいて利益を共有してきた財界、官僚、政治家、御用学者。そしてマスメディア。それらの人びとの責任ははかりしれません。

 同時に、これ以上の放射能汚染を広げない手立てをとることが必要です。

 東京電力と政府が、収束のメドがたたない福島第一原発の情報をすべて公表し、専門家や技術者の知恵を総結集すること。
 政府が原発ゼロを決断し、その方向で政治をすすめること。
 東京湾の原子炉である米空母G・Wの母港化をやめること。

 国民のみなさんが声をあげれば政治が動くことは、世界の例が実証しています。
 そのためにも明日の「さようなら原発集会」に大勢のみなさんに参加していただきたいと思います。
 

 

9・19さようなら原発5万人集会

 内橋克人氏をはじめ著名な9氏の呼びかけによる「原発ゼロ」をめざす集会が、明後日19日午後1時から、明治公園で開催されます。
 原発をなくす一点での共同の、幅ひろ~い集会です。
 文化行事は午後1時から始まります。
 葛飾の安保廃棄実行委員会のおなじみの黄色い旗も、正午までに東京都体育館から明治公園にむかう途中あたりに掲げるよていです。

 集会後は、新宿までパレードです。
 ぜひ、手づくりのプラカードなどを持って行って、思い切りアピールしましょう。

剣岳

 諸日程の間隙をぬって、好天が予想されるなか連休をとり、剣岳へ。

 以前、この剣沢にテントを張った時は、台風の影響による強風で、立山の稜線は立っていられないほどで、テントも天井が寝ている頭に届きそうなほどあおられ、夜中に何度も張り綱の確認をしました。
 視界も10m程度で、ラジオから聴こえるオリンピック中継が別世界の出来事に感じたものでした。

 今回は打って変わって、もう雲ひとつ無い絶好!の登山日和に恵まれました。

 険しく見えても、たくさんの人が訪れる人気の山だけに、登山道はしっかりしています。
 垂直に近い鎖場もありますが、あわてず丁寧に登ればハシゴとおなじ。老若男女が順番を待って登ります。

 山頂から絶景を楽しみました。
 立山の向こうに槍・穂連峰。その右には昨夏あるいた黒部五郎や薬師岳が並びます。

 下り専用の「カニのヨコバイ」と言われる鎖場も、最初の一歩を遠くに置かず、よく見える手前のステップにのせさえすれば、なんの不安もありません。

 毎年恒例にしている「テントを背負ってアルプスを歩く」ことを、今年も無事に果たすことができました。

第5次ボランティア

 震災から半年を迎える9月9日から11日に、石巻にむかいました。
 共産党葛飾からボランティア派遣としては第5次となります。
 
 初日は支援物資の整理。
 石巻支援をになう、東京や千葉・神奈川・沖縄など各地から共産党を通じて寄せられた支援物資のうち、「食器」と標示されている段ボール箱を開け、茶碗やお皿、小鉢、箸など、種類ごとに分類し、再度段ボールにつめかえる作業です。

 二日目は、門脇地域の墓地の泥だし。

 作業前。

 ヘドロの中に様々なものが埋まっており、「泥だし」というより「ガレキ出し」の作業でした。
 作業後。

 前回作業した墓地に行って見ると、すっかりヘドロはとりさられ、散乱していた墓石もそれぞれの家ごとに整理して積み上げてあって、きれいに組みなおすのを待つばかりの状態になっていました。
 私たちも担った作業のリレーが、ここまで到達したかと思うと感無量です。

 3日目、日和山の10数戸の小さな仮設住宅と、渡波の大きな仮設とで無料バザー。
 たくさんの被災者に食糧・衣類などの支援物資をお渡しすることができました。
 初日に整理した食器も、ほとんどなくなりました。

地域の特養ホーム開設10周年記念の集い

 私の家から歩いて10分ほどの「やすらぎの郷」。
 10周年を祝う集いが、200名を越える参加で盛大に開かれました。
 緑豊かな中庭は、とてもゆったりした「パーティ会場」になっていました。

 「地域に、安心できる特養ホームをつくろう」と、関係者のみなさんが奮闘されて、私の知り合いの方も何人かが、ここを終の棲家として旅立っていかれました。
 もう、あれから10年…。

 しかし、その10年の間に小泉構造改革に加え、石原都政によって都市部での特養ホーム建設のネックである、用地の取得がますます困難になりました。
 高齢者は増える一方なのに、特養の建設はすすみません。待機者は増えるばかり…。

 そうした政治に終止符を!と、政権交代を選んだ国民の期待は、新しい内閣によって、いよいよ決定的に裏切られそうです。

 「こんな素敵な特養ホームがもっとたくさん建てられる政治を実現しなければ」と感じた集いでした。
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、14年は39,724票(得票率18.8%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫2匹と暮らす。

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