年金者組合、帝全交通労組で定期大会。

 写真は年金者組合の第20回定期大会。あいさつをしているのは和泉なおみさんです。

 葛飾区の高齢者福祉の一人あたりの予算が23区で一番少ない、と、昨年の区長・区議選の際に大きな焦点になりました。これは、東京都が出している数字です。
 今月16日から始まっている定例議会でこの問題を共産党区議団が追及しました。青木区長の答弁はこの問題にふれず、福祉部長が「23区で最低となりますがこのことをもって…最低であったとは考えておりません」とむきになって答えていました。
 折笠区議がこの問題にふれて、たたかいを呼びかける連帯のあいさつしました。

 日曜日は、葛飾区東新小岩の帝全交通労働組合第56回定期大会がありました。
 帝全交通というタクシー会社が、今年3月、いわば「車だけ」を足立区の昭栄自動車(株)に売却したという下、労働組合が「嵐の100日」のなかでなによりも団結を大切にし、働く労働者の雇用も守らせ、足立区に配転するのではなく現在の場所での営業をつづけさせ職場を守った、という闘いを経た歴史的な大会でした。
 組合員のみなさんの顔が、人間らしい雇用を守るためにたたかった誇りに、輝いていました。

 私もあいさつをさせていただきました。

田村智子さんを迎え、街頭演説。

 7月の参院選で当選した田村智子さんの、区内では選挙後初の日本共産党街頭演説が、JR新小岩駅南口で行われました。

 初質問が8月6日のヒロシマの日であり、核兵器廃絶をめざして政治にかかわるようになったその初心を貫く決意からはじまったことや、さっそく、国保料の減額・免除の通達を出させた成果、そして、代表選挙をめぐる民主党議員たちの様子などの国会のリアルな状況。さらには、バッチをつけて全国各地を調査しての実態など、様々な角度からのお話でした。

 毎日のしんぶん赤旗でも、田村さんの八面六臂という感じの奮闘ぶりが報道されています。
 身体を大切に、頑張ってほしいと思います。

 私も、お話をさせていただきました。
 
 お集まりいただいたみなさん、足を止めて聴いていただいたみなさん、ありがとうございました。

地元の三小田区議地域の後援会旅行

 今回5回目となる一泊旅行。私は初めて参加させていただきました。
 44名の参加。
 まずは、安曇野の大王わさび園。広大な敷地のすみずみまで清らかな湧き水が行き渡るよう、微妙な傾斜がつけられています。

 昨年の区議選で引退し、安曇野に転居された渡辺好枝さんが出迎えてくれました。
 
 わさび園の中のこの水車が、黒沢明監督の「夢」の最後の場面のロケ地だそうです。

 初日は、この後、いわさきちひろ安曇野美術館も見学し、浅間温泉に宿泊しました。

 2日目。
 まず訪ねたのは、松代大本営。

 アジア・太平洋戦争の末期、支配体制を維持したまま終戦をむかえることをめざして、本土空襲にそなえてつくったのが、総延長20㌔におよぶ、この巨大な地下壕。
 
 莫大な税金と、強制連行された朝鮮人などの労働がつぎこまれました。
 固い岩盤に、素彫りのトンネルです。どれだけ犠牲者があったのか、正確にはわからないそうです。
 「国民が空襲に逃げ惑っている時に、自分たちは穴の中に隠れるなんてねー」

 そして、戦没画学生慰霊美術館・無言館。

 「あと5分…」。
 出征の最後の時まで恋人の絵を描き、続きは帰ってきてから必ずと言った人。
 妊娠した妻の裸婦像を描いた人…。

 それらの人が、戦地から帰りませんでした。

 手紙や写真、絵筆などの遺品が並びます。

 それにしても、松代大本営は、80年代になってから地元の高校生たちの運動によって、「発掘」されました。
 戦没画学生たちの絵も、窪島誠一郎氏が、この無言館をつくらなければ、遺族のみなさんのお宅に眠ったままだったでしょう。

 歴史というのは、それを顕彰することなしには、まるでなかったことになってしまいます。
 そして、現在もたくさん忘れてはならない歴史が、消し去られようとしているのではないでしょうか。

券雲・絹雲

 今朝のニュースでは、「9月いっぱいは『夏』だと思って下さい」と話していました。水分と塩分を適切に補給しましょう。

 昨日の夕方、何気なく空を見上げると…。
 「スゲー、高ェー雲!」
 高空を飛ぶ飛行機よりもはるかに上空に浮かんでいるように見えました。15キロくらい上空なのではないでしょうか。
 (なんら実感のわかない写真ですみません)

 
 空の高さと、深いに大気に沈んでいる地表を感じ、街の中でひとり感慨にふけってしまいました。
 秋空っぽくなって来てはいるのですが…。

国民救援会葛飾支部が再開総会

 長いこと休眠状態にあった葛飾の国民救援会が、ビラ配布弾圧事件で目覚めました。
  東京土建葛飾支部会館をお借りして再開総会が開かれ、過労死裁判や痴漢冤罪事件、国公法弾圧事件の支援のあいさつがありました。
 100名を超える参加者から連帯の拍手が送られ、たたかう決意がしめされました。

 かって、戦前にも区内で救援会が活動していたことを示す碑があります。
 この再開集会を機に新しい体勢も確立されました。
 多くの先輩達がつないできたバトンが、ひきつがれることになりました。

 9月5日には、亀戸事件の追悼集会が開かれます。
 関東大震災の救援活動をおこなっていた、共産青年同盟初代委員長の河合義虎らが拘束され、警察署内で軍隊によって刺殺されました。
 発覚をおそれた警察は、死体を荒川放水路で焼いたうえどこかにもちさったといわれます。
 
 当局が虐殺の事実を認めないため、河合義虎の戸籍は今も、江東区役所にのこっているそうです。
 108歳です。

 こうした資料も公表してこそ、ほんとうの侵略戦争の反省ではないでしょうか。
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、17年は43,138票(得票率19.59%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫1匹と暮らす。

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