小池あきら参議院議員のまちかどトーク

 あいにくの雨模様の天気でしたが、JR亀有駅前で「小池あきらのまちかどトーク」が行われました。

 地元の区議の渡辺キヨ子さんとおりかさ明実さんが司会です。
 この際だから日本共産党に聞いてみましょう!ということで、通りすがりのビジネスマンも「年金払わない青年がたくさんいるけど、どう考えますか?」など、さまざまな質問が出され、当意即妙といった感じで小池さんが答えました。
 Q&Aならではの認識の発展。
 言葉の一方通行では得がたいものがあり、これからできるだけこういう機会を増やしたいと思います。

全国青年大集会

 昨日16日、明治公園で開かれた全国青年大集会。
 葛飾からも車に乗り合わせて参加。私も地区委員会の宣伝カーに青年たちを乗せて、明治公園まで走らせました。
 「人間らしい雇用を」と自主的自覚的に集い、連帯をひろげるたくさんの若者たち。

 こんな替え歌もうたっていたそうです。

 日曜日も勤務という青年も多い。
 葛飾では、当日夜7時から地元で交流会を計画。集会とパレードが終わって地区委員会に帰ってきてのは8時になっていましたが、参加できなかった人も一緒にシチューなどを食べながら、遅くまで話していました。
まともに生活できる仕事を!人間らしく働きたい!

NPT・ニューヨーク行動の報告⑤

 セントラルパーク・ノースのハーレム側の角が、デューク・エリントンサークル。
 公園をはさんで対角線側のコロンバスサークルと比べるととても小ぶりです。 

 セントラルパークウェストは高級住宅街。
 右側のたてものも、その一つ。ダコタハウス。
 白い観光バスの先の右側あたりに警備用の小さなボックスがあります。
 そこがジョンレノンが撃たれた場所。もう30年です。


 マンハッタンでの署名行動で、多くの方が協力してくれました。
 ただし、東アジア人は全く協力してもらえませんでした。
 私だけでなく、何人かの人にも聞きましたが、同じでした。

 あらためて、アジアにおける日本と日本人の立ち位置を実感しました。

 2000万人もの命を奪い、言い尽くせぬ犠牲をおしつけたアジア・太平洋戦争。
 その侵略戦争に対する無反省という異常な日本の政治が、アジア人にもたらしている感情。
 たしかに、もしも重慶や南京、ソウルに行って「核兵器をない世界を」の署名を集めようと思ったら、「ノー モア ヒロシマ」だけでは、言葉が足りない。
 東アジアに、観光や仕事など利害関係をともなう用事で訪問したのであれば、あるいは表にはでないかも知れません。しかし、街頭署名では、それがマンハッタンであったとしても如実に現れます。

 この問題の解決も、いつまでも次の世代に先送りさせてはならないと、強く思いました。 

NPT・ニューヨーク行動の報告④・その他

 WTCの跡地は、巨大な工事現場となっていました。
 工事の過程でも遺体の一部などが発見される、あるいは地下道からは逃げ惑ったすえ力尽きたらしい遺体も見つかったそうです。


 世界を恐怖におとしいれた9・11同時多発テロ…。
 同時にあまりにも不可解な点が多いのも事実です。
 なぜ、ジャンボが突っ込んでも壊れないよう設計された第一・第二ビルがあれほどの速さ(自然落下の速度)で倒壊したのか。
 なぜ関係ない第七ビルまで何時間も後に倒壊したのか。
 なぜ、飛行機から携帯電話で会話できたのか。なぜ、ペンタゴンの倒壊現場は飛行機のサイズよりはるかに小さいのか…。
 さまざま疑問はおきざりにされたまま、世論は一路、報復戦争へとつきすすみ、やがてイラク侵略に。
 しかしその最大の口実とされた大量破壊兵器は、実際にはありませんでした。…一体なんだったのか。

 とりかえしのつかない事態の出発点となったこの事件の背後に、巨大な謀略はなかったのでしょうか。
 跡地についても「経済効率」の前に、遺族からのメモリアルパークを求める声はかき消されてしまったようです。


 セントラルパークを歩いてみました。

 たくさんの市民がさまざまなスタイルで憩う場所となっていました。
 こうしたバンドも数ヶ所で演奏していました。

 とにかく広大です。
 その面積は341ha。
 東京でいうと、代々木公園(54ha)と新宿御苑(58ha)、皇居周辺の公園など(115ha)と皇居そのもの(115ha)の合計に匹敵します。
 この湖も公園の中。池というよりは、やはり湖です。

 楽しみ方も馬車での周遊もあれば、ロードレーサーやインラインスケート、ジョギングなど様々。わたしのようにカメラをぶら下げている人も。

 宿泊したペンシルバニアホテルは、年代もの。

 でも、幸いにも私の部屋からはエンパイアステートビルがよく見えました。

NPT・ニューヨーク行動の報告③・署名の力

 これまで例のないことですが、私たちが参加した今回のNGOの取り組みの一つである、5月1日のリバーサイト教会での国際会議に、国連のバン・ギムン事務総長が参加し発言をしました。ご自身が朝鮮戦争の廃墟を経験した生い立ちも紹介しながら平和への決意、とりわけ核廃絶への決意をのべました。行動し声を上げつづけることを呼びかけるとともに、「世界はあなたたちに感謝するでしょう」と心のこもった励ましのお話をされました。
 また、2日は日曜日にもかかわらず、NPT再検討会議の議長を務めるカバクテュラン議長が、代表署名を受け取るだけでなく「690万の署名そのものを見てみたい」と段ボール箱で山とつまれた国連近くのハマショルド広場にきてくれました。そして開会総会の冒頭で署名を受けとったことを紹介し「市民社会の熱意にこたえなければならない」と発言しました。
 私たちの署名が文字どおり国際政治を動かしていること実感しました。

 マジソンスクウェアガーデン前での署名行動です。 

 こちらは、セントラルパークの南側・59th通りです。

 5月2日のパレードには、志位委員長をはじめ日本共産党代表団の姿が。

 リバーサイド教会でのシンポジウムのなかで、あいさつもされました。

パン・ギムン国連事務総長が5月1日、リバーサイドチャーチで行われた国際平和会議閉会総会で発言した内容は次の通りです。

NPT・ニューヨーク行動の報告②・国連見学

 NPT会議初日、現地での私たちの行動単位であるB-4班も国連へ…。
 国連本部ビルの入り口にはルクセンブルグ政府寄贈の「発射不能の銃」のモニュメント。

 こちらは旧ソ連が寄贈した核弾頭のドラゴンを槍でつきさしている像。

 金属探知のゲートをくぐってホールに入ると、NPT会議にふさわしくヒロシマナガサキの特別展をおこなっていました。


 会議開催中のため会議室の見学はできませんでした。
 常設展示場のヒロシマ・ナガサキのコーナーには、広島や長崎から寄贈された原爆瓦や浦上天主堂のマリア像などが展示されていました。
 日本人の国連職員の方が案内をしてくれました。

 カラシニコフ(奥)を作り変えたギターも。

 国連本部の年間予算は約25億ドル、本部の中には約5000人が働いているそうです。

 世界で広がる格差と貧困。地球人口の6人に一人が一日一ドル以下で生活している現実。世界に広がる地球温暖化の深刻な影響。アメリカではナッシュビルで歴史的な大洪水に見舞われているニュースや竜巻の被害の様子が連日のように報道されていました。
 人類が生存しつづけることができる地球を。
 核廃絶と軍縮は、これらの問題を解決する財源をつくるうえでも、もうまったなしではないでしょうか。
 さまざまな思いにとらわれた国連見学でした。

NPT・ニューヨーク行動の報告①

 行ってきました、NPT核拡散条約再検討会議のニューヨーク行動。
 5月2日、タイムズスクエアの7番街の通りで集会(炎天下2時間、立ちっぱなし!)。
 そして国連にむけ一万人を超えるパレードです。
 紫の羽織はニューヨークカラーの東京代表団です。

 国連前のハマショルド広場には、船便で送られた段ボールで山のような日本からの690万筆の署名。
 そこに私たちが持ってきたりニューヨークで集めた署名も積み上げました。

 リバーサイド教会。
 かって「I have a dream」と演説したあのキング牧師が、ベトナム反戦を述べた、その場所です。
 そこで3日、政府代表と平和運動の対話・「核兵器禁止・廃絶のプロセスにいかに踏み出すべきか」をテーマに日本原水協主催の公開シンポジウムが開かれました。

 まだ開会の時間前です。


 NY滞在中、毎日1500人の日本代表団がそれぞれ10人前後の班をつくって、市内でいっせいに署名行動を行いました。
 私たちはセントラルパークやタイムズスクェア、マジソンスクェアガーデンなどの近くで宣伝。私も一時間で19筆も!
 市内在住の人はもちろん、ワイオミングやオハイオなどからの観光の人、アルジェリアの人からは「日本に帰ってみんなで見てほしい」とフランスの核実験についてのDVDをもらうなど、様々な人たちと対話(?)しました。

 核保有国が核をなくすというのは、そもそもNPTの条約上の約束です。それを推進するためには、国連に参加している世界各国の政府が、より強力に主張すること。それを促進するのは、それぞれの国の草の根の世論と行動、国民の力です。
 そうしたたたかいを進めるための世界の人たちとの交流の大きな1ページとなった、そう確信することのできたニューヨークでの一週間でした。
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、17年は43,138票(得票率19.59%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫1匹と暮らす。

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