最高裁判所は、最低裁判所?!

 今でも、オートロックのないマンションのドアには、毎日のように様々なチラシが入る。
 ですから、荒川さんが配っていたのが、共産党区議団のニュースなどでなく、ピザのチラシならば当然、通報、逮捕・拘留などということにはならなかったでしょう。
 であるなら、政治的な反論を封ずる弾圧…こんなことを許したら、今日の世界の常識からたいへん恥ずかしいことになる。

 判決の「言い渡し」の前に、松井弁護団長が法廷で語ったことは、言葉は違いますが、私がこのように考えていたことと符合していたように思いました。

 不当判決。
 それ自体は、弁論が開かれないことから想定されてはいました。しかし…。

 5分にも満たないような判決。
 誰もが感じている疑問に、少しも応えずに「それではこれで閉廷します」。
 小池あきら参院議員も参加した報告集会で、党都議団を代表してあいさつした大島よしえさん(足立区選出)が「これでは最低裁判所」と言ってましたが、そのとおりだと思います。

 政治意見の表明を妨害するために、こんな中身をない判決をだしても、暗黒時代への逆戻りを許すほど、私たちも、そして日本国民もおろかではありません。
 荒川庸生さんは「わたしはひきつづきビラをまきつづけます」と力強く述べました。
 12月4日の集会も歴史的な意味をもつものになるでしょう。
 葛飾区内からは6台の観光バスが用意されていますので、ご利用ください。
 

ビラを配るという、当たり前の自由を守るために

 明日、葛飾ビラ配布弾圧事件の、最高裁の判決公判がおこなわれます。 
 午前10時半頃には、判決の言い渡しがあります。
 南門で簡単な報告があったあと、衆議院第一議員会館の第一会議室で報告集会が行われます。

 マンションにビラを配っただけで逮捕される。
 「これじゃ、よその国のこと『自由がない』なんて笑えないよね」…子どもたちと、そんな話になりました。
 しかし、憲法で定められた「表現の自由」を獲得するために、どれだけの犠牲がはらわれたでしょうか。
 そのことを考えればこの自由を守ることは、文字どおり、現在を生きる私たちの責任だと思います。
 
 12月4日(金)には「言論・表現の自由を求める12・4日比谷集会」が、午後6時半から日比谷公会堂で開催されます。 
 ぜひ、ご参加ください。

いのち・くらし・雇用を守る相談会


 明日11月27日(金)午後1~6時まで、JR亀有駅南口のリリオパークです。
 主催は、葛飾春闘共闘会議と葛飾社会保障推進協議会。

 医療・介護・生活保護・雇用・子育て・教育・経営・税金・住宅・法律相談など、弁護士や各分野の専門家が無料で相談に応じます。

 私も参加する予定です。

みんなの会代表者会議が開かれました。

 葛飾区長・区議選が終わって初の代表者会議が開かれました。
 会議の冒頭に、告示の三日前に急逝された、みんな会の代表・島田正夫さんへの黙祷を行いました。

 区長候補という肩書きはこれで一つの区切りとなりますが、くらしを守る政治をつくる仕事はますます重要さを増すばかり。
 これからも力を尽くし、頑張りたいと思います。

 写真は、区長選本番最中のもので、手を挙げているのは、秩父に住んでいる私の姉と兄。(兄は党秩父市議で来年は選挙です。)三人そろって宣伝するなんて生まれてはじめてかなぁ。
 後は帝釋天(題経寺)。ちょうど正午をまたいだ宣伝となり、兄が話している最中にお寺の鐘がゴ~ン。この日は祭日だったため、お寺からのお知らせの放送も入ったりで、話しはなんども中断。それがまたほのぼのとした雰囲気となり、まるで寅さん映画の中にいるような宣伝になりました。
 そういえば、私が葛飾に越してきたばかりのころは、この道路を挟んだ手前側に「ロック」という喫茶店がありました。そこは、マドンナ・池内淳子さんが切り盛りしていて、寅さんは毎日のように、大嫌いなコーヒーを飲みに通っていたというわけです。

 ブログの名称などは、党17区予定候補のものにもどしました。

葛飾区長・区議選、その後…。

 昨夜、来年の参院選勝利をめざす党都委員会主催の演説会が開催され、志位委員長が、東京から比例での5人と小池あきら政策委員長を擁立する東京選挙区での勝利をと訴えました。
 笠井亮衆院議員と田村比例候補、小池議員、志位委員長が拍手に応えています。

 葛飾区議会の臨時議会が開かれました。
 会派届や役員届にもかってなく時間がかかったそうですが、以下のようになりました。なお、党派別の当選議員数は、自民12、公明11、民主6、共産5、みんな1、無5。

 議員会派は…。

 日本共産党葛飾区議団は、5人。
 自由民主党議員団が、9人(!)。
 葛飾区議会公明党11人。
 民主党葛飾が5人(!)。
 葛飾区民会議というのが7人。
 そして、無所属が3人。

 う~ん。
 自民は、青木かつのり・新区長にのらなかった3人が区民会議へ。
 民主は、なにかトップ当選された人がルール違反をしたとかで無所属へ。

 したがって与党は、定数40に対して自公の20名。
 加えて、「第一会派から議長を選出」というこれまでの慣例から公明から出すべきところ、辞退。自民から出すことに。いずれにしろ、青木・新区長の与党は19議席の少数与党ということになりました。

 その上、葛飾は16年前の区長不信任や議会解散などで中間選挙となり、区長と区議の選挙は別々であったのが、法令で一緒にできるようになりました。しかし、任期には“ずれ”があります。
 これまでは、現区長が再選されていたので、選挙後の議会でもこの任期のずれの矛盾は現れなかったのですが、今回、第四回定例会(会期12月3日~17日)では、12月18日まで任期が残っている青木勇(旧)区長が答弁に立つということに!
 
 出される議案を見て検討することになりますが、それにしても、議会閉会翌日に区長でなくなる人が…。

 共産党区議団は、会期の延長で新区長にも答弁の機会を設けるなどの対案をしめしましたが受け入れられなかったそうです。

民商まつりが青空の下で開かれました

 前日の荒れ模様とは打って変わった15日の日曜日は、文字どおり雲ひとつない青空。
 葛飾民主商工会創立55周年の第三回のまつりが、今回はお花茶屋の曳舟親水公園を会場に開催されました。
 勇壮なロックソーラン節を、婦人部のみなさんと子どもたちが披露しました。

 ご近所の子ども連れの若い夫婦など、陽気に誘われてたまたま公園に遊びに来た人たちも、舞台の催しや、買い物などを楽しんでいました。

 “八百屋のおやじさん”も大忙しです。

 東京土建のみなさんの木工教室も子どもたちで賑わっています。
 「公園で作った木の本立て」として思い出に残るのでしょう。
 
 私も、来賓の一人としてご紹介いただきました。

公約実現に力をつくします

 葛飾区長・区議会議員選挙が終わりました。
 写真は、三上満さんの応援を受け、JR亀有駅南口でお話をしているところです。

 選挙の結果、私は18,976票で得票率は12.0%でした。二ヶ月前の総選挙の時に比べ、私の名前を書いていただいた方が千人以上、得票率では1.5倍増えました。 当選は元助役の青木氏。
 区議選は、共産党は現有5議席を維持。自民は3議席減、公明は維持、民主は2増。

 私は「みんなの会」の選挙ですので、全都から多彩な弁士に応援に来ていただきました。
 三上さんは30年前くらいに、10年ほど、区内の大道中学校で社会科の教諭をされたそうです。当時は、学校が「荒れた」時期で、生活指導の教諭として、また、労働組合では役員として、真っ向から生徒とも父母とも、向き合ってきたのだと思います。「三年B組金八先生」のモデルの一人でもあります。
 で、今でもその学区域を「三上満さんが応援に来ています」とハンドマイクで言いながら歩くと、家々から出てくるのです、おばさんたちが。
 「先生、久しぶり」「お元気ですか」…。
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 すごいなぁとつくづく思います。
 30年前後の時が過ぎても、思わず玄関に出てきて話しかけたくなるほどの、父母との信頼関係とは、当時、どれほど豊かな交流があったのでしょうか。先生の本当に穏やかな語り口の一言ひと言からも、それを感じます。

 そんな多彩な応援を、日々受けながら、私達の訴えた政策も、多くの方に共感をいただけたと思います。
 とにかく、今回は辻々でお話した後、走ることが多かった!
 駅頭で足を止めてくれた人。公園で聴いてくれている人。遠くの家の玄関から出てきた男性。自転車で通りかかったおばさん。店先で聴いてくれた店主さんとお客さん…。ダッシュで走り握手をする。
 アナウンサ-さんと、ダッシュの競争になったりしました。
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 宣伝カーにも、20代初めの頃の民青同盟の友人が北陸から来てくれたり、秩父から姉兄が来たり、私の娘たちやその夫も乗ったりで、大変にぎやかで楽しい選挙活動ができました。
 応援に来たある方には、夕方車を降りる予定だったのですが、「最後まで乗りましょうか」と言っていただいたそうです。「そんなこと言ってもらったの初めてです」とベテランのアナウンサーが話していました。
 それほど、楽しい「遊説の旅」でした。

 他の区から来られた弁士の方の葛飾の印象で、「へぇー、」と思ったのは、
   「公園に子どもたちが、たくさん遊んでいる」
   「子どもたちが、人懐こい」
   「葛飾には、いい商店街がある」
 
 葛飾に住んでいると当たり前の光景でも、それが失われてしまった街もあるです。
 選挙で訴えた、「コンクリートよりくらし」を大切にする政治へ、一歩でも前進するよう、公約実現に力を尽くします。
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プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県吉田町(現・秩父市)の農家に生れる。子どもの頃から山や川が遊び場で、今もテントを背負って山々を巡るのが夏の楽しみ。
 77年原水爆禁止世界大会に初参加以来、反核・平和運動にかかわり、現在も原水爆禁止葛飾協議会常任理事。
 81年から共産党専従、同年結婚。保育士の妻との間に4女に恵まれる。84年に民主青年同盟葛飾地区委員長、その後、同・東京都常任委員の後、足立や葛飾の党地区委員会勤務を経て、13年から葛飾地区委員長。
 09年から総選挙(東京17区)に出馬(同年は葛飾区長選挙も挑戦)、17年は43,138票(得票率19.59%)。
 葛飾区高砂6丁目で、妻、四女、猫1匹と暮らす。

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