バス11台で、新春のつどい

 葛飾区日本共産党後援会主催の恒例の日帰り旅行「2010年新春のつどい」に、今年は過去最高のバス11台450人を超えるみなさんが参加されました。
 今年は、千葉県の佐原と茨城県の潮来を訪ねる旅。
 米どころ佐原は、伊能忠敬のくらした街でもあります。写真左が旧宅。
 小江戸と呼ばれた町並みが残されています。

 40代のオリンピック選手などの第一線で頑張りつづけるスポーツ選手を、「熟年の星」などと言いますが(ほんとうにたいしたもんだと思います)、伊能忠敬さんはそのお手本のような人。
 もちろんスポーツ選手ではありません。しかし、気力も体力も驚異的です。
 なにせ、50歳で隠居してから勉強しなおして、そうして56歳から74歳で亡くなるまでの間に、あれだけの地図を自分の足で歩いて作ったわけですからね。
 集いに参加した熟年のみなさんも「見習って、参院選勝利へますますパワーを発揮しよう」と意気軒昂です。

 米どころと言えば、造り酒屋…。
 鏡割などもさせてもらいました。

 ホテルの大広間でのごあいさつの後は、映画上映会あり、百人一首あり、うたごえや囲碁・将棋大会あり。参加したみなさんが思い思いの企画を楽しみました。
 わたしは、「散策」に参加。ホテルの近くの長勝寺という頼朝ゆかりのお寺に初詣しました。

今年もよろしくお願いします

 あけましておめでとうございます。

 新しい年がスタートしました。
 今年が、平和とくらし・民主主義についての国民の願いが、一歩でも前進する年になるように頑張りたいと思います。

 年初め、秩父多摩国立公園の雲取山に、30年ぶりに行ってきました。
 年末年始は、天気が荒れる場合がおおいようですが、秩父の山あたりは冬型の気圧配置の時の方がむしろ好天です。
 雪の多いのも春先で、1月くらいですとご覧のとおり。それでも、北斜面ですと膝までもぐることもあります。
 今回の山旅は、海外に住む娘が一緒に行くというので、めずらしく小屋泊まりです。

 奥多摩の尾根を覆うる白雪に歩をすすめつつ父の背を追う (明)

 アイゼンで劣化破壊し靴くくるわが娘とめざす雲取の小屋 (杉)

 雲取山荘は通年営業。遠く関東平野の街の灯が揺らめいていました。

 下山途中、ヘリの爆音が近くに聞こえ、「すわ、遭難の捜索か!?」。
 なかから出てきたのは、猟犬が入っているらしき箱と、鉄砲らしき物を担いだ人達。
 一気に稜線まで上ってきたのでした。
 たしかに、雪面には、特徴のあるニホンジカやウサギの足跡があちこちにありました。

 奥多摩町の登山口から入ったのですが、林道がコチコチに凍っていて、スタッドレスをはいているとはいえ急坂です。滑り始めて加速しはじめたら…。
 山の中を歩くよりもずーっとドキドキ。緊張しました。

内閣支持率急落

 今年も押し迫りました。

 23日には、被爆者団体の葛友会のみなさんと葛飾原水協で、3コースに分かれて恒例の区内の被爆者を訪問しました。
 新婦人のみなさんの手編みのマフラーなど、お見舞いを一人ひとりに手渡しながら、健康状況など暮らし振りをうかがいます。病をおして被爆の語り部として学校訪問で頑張っていらっしゃる方や、8人家族に囲まれてにぎやかなに幸せそうな方もいらっしゃいますが、そうでない方も…。
 今年、国民は暮らしを支える政治を求め、自公政権を退場させました。新しい政権には、被爆国としての核廃絶のイニシアチブの発揮も期待したはずです。

 今年をあらわす漢字は「新」でした。
 たしかに、2度も候補者活動をした「新井杉生」の「新」の年だったと、個人的には得心したしだいです。
 …冗談はともかく、民主党中心の政権が、「新」機軸を打ち出したように見えたのは発足直後だけでした。
 後期高齢者医療制度廃止は先延ばし、普天間基地の「県外・国外移設」での動揺など、時がたつにしたがって色あせていく一方です。総理と幹事長の金権・腐敗ぶりも、自民党政権に勝るとも劣りません。
 内閣支持率は、早くも過半数割れです。

 今は、国民が「新」しい政治とはどうあるべきか模索し探求する「新」しい時期です。
 「新」年が、国民の探求に前向きに応えうる年となるよう、今年の残す期間もわずかとなりましたが、がんばります。

COP15。その日、地域で地球温暖化問題の学習会

 「コペンハーゲン合意に留意する」決議を全体会合で採択したと、今朝の新聞が報道しています。
 とにかく温暖化対策の議論をするために世界の首脳が一箇所に集まった。それ自身肯定的を見るべきかもしれません。一年前まで世界一の温暖化ガス排出国の大統領が「そんなの関係ねぇー」という態度だったわけですから。

 しかし、同意に対する途上国からの声は深刻です。「産業革命前から2℃以内」におさえる目標にたいしても、ツバルの代表は「1.5℃でも致命的」と発言していました。アフリカの代表は「燃えてなくなれというのか」と述べました。温暖化の影響の現れ方は地域によって違いがあり、2℃以内というのはギリギリのライン。地域によっては深刻な事態が避けられません。
 こんなことでいいのか!
 ところがわが鳩山総理にも、「25%削減」はすべての主要排出国が新たな枠組みに参加することが前提で、「無条件実行」の潘基文国連事務総長の要請を断ったそうです。
 まわりの様子見です。

 昨日、東工大大学院環境理工学創造専攻で亀有在住の吉田教授を講師に、学習会が開催され、私も参加しました。
 一時間半の「講義」。とてもわかりやすくお話をしていただきました。
 
 日本共産党25回党大会決議案では、資本主義に地球の管理能力が問われる問題の一つとして提起をしています。
 
 国際交渉に対する、国民のきびしい目と、確実な実行をせまる大きな世論と運動が必要です
独立行政法人 国立環境研究所のホームページ

古川苞、墓前祭

 今年も12月15日がやってきました。
 戦前の不屈の日本共産党員である古川苞の命日です。

 理昌院で法要が営まれました。

 先日、小林多喜二と交流のあった田口タキさんが今年の6月に亡くなっていたことがわかったとの報道がありました。101歳だったそうです。タキさん、長生きしてよかったですね。多喜二からの最後の言葉は「元気で、幸福に!」との言葉だったと伝えられていますが、さぞや多喜二も喜んでいることでしょう。今頃、多喜二と尽きぬ話しをしているのでしょうか。(なんだか、映画「タイタニック」の最後の場面が浮かんできます)
 昨年の流行語大賞の一つが「蟹工船」だったところまで話しがすすむのには時間がかかるでしょうね。

 古川苞のお墓まいりをした後、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟葛飾支部を結成する集いが開かれました。
 ドイツでもイタリアでも自国の戦争に反対して犠牲になった人々にたいし名誉回復し、年金も支給しています。その背景には、侵略戦争を反省しただけでなく国連で決めた「戦争犯罪及び人道に反する罪に対する時効不適用に関する条約」(採択1968年、効力発生1970年)が批准されていることがあります。
 だからこそ、今日でも戦争犯罪は追及されつづけているわけです。
 ところが日本は…。
 批准どころか、あの戦争を美化する歴史教科書が作られる。そして、それを採用する教育委員会がわずかとはいえ、増えているしまつです。

 ここにも、世界水準からみた日本の異常さがあります。
プロフィール

新井杉生

Author:新井杉生
 1959年2月、埼玉県秩父市(旧・吉田町)生れ。
 1981年から日本共産党葛飾地区委員会に勤務。84年に民主青年同盟の葛飾地区委員長、その後東京都常任委員。91年以後、日本共産党の足立や葛飾の地区委員会に勤務。
 2009年衆院選で党東京17区候補、同年の葛飾区長選挙で革新・無所属候補。
 党葛飾地区副委員長・17区国政相談室長。原水爆禁止葛飾協議会常任理事。革新区政をつくるみんなの会代表委員。
 葛飾区高砂6丁目在住。
 家族は、保育士の妻・三女・四女・猫2匹。
 趣味は山歩き。

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